でも聖書には、ひどいことが書いてあるのでは?
旧約聖書の一部を読んで不安になったことがあるなら、それでいいのです。そう感じるべきです。これらの箇所は難しく、難しくないと言う人は注意深く読んでいません。問題は、これらの箇所が難しいかどうかではありません。難しいのです。問題は、それが神を怪物にしてしまうのか、それとも、表面的な読み方では見えてこない何かがこの物語にあるのか、ということです。
問題を正直に名指しする
世界でもっとも有名な無神論者の一人、リチャード・ドーキンスは『神は妄想である』にこう書きました。
「旧約聖書の神は、あらゆるフィクションの中でおそらくもっとも不愉快な登場人物である。嫉妬深く、それを誇りにし、ささいなことにこだわり、不公正で、容赦のない支配狂。執念深く、血に飢えた民族浄化者……」
この引用はネット上で何百万回も共有されています。旧約聖書を一度も読んだことがなければ、壊滅的に聞こえるでしょう。しかし、それは公平でしょうか?それともドーキンスは、古代の文書の図書館を、バンパーステッカーを読むように読んでいるのでしょうか?文を文脈から引きはがし、ほかのすべてを無視して。
人々がもっとも悩ましいと感じる具体的な箇所を見て、正直に向き合い、それから問いましょう。ここで実際に何が起きているのでしょうか?
もっとも難しい三つの問題
- 1カナン征服。ヨシュア記で、神はイスラエルに、カナンの町々をその住民ごと滅ぼすよう命じています。批判者が「ジェノサイド」と呼ぶ箇所です。
- 2旧約聖書の奴隷制。出エジプト記とレビ記には、奴隷制を全面的に禁止するのではなく、規制する律法が含まれています。なぜ神は奴隷制をそもそも許したのでしょうか?
- 3厳しい刑罰。旧約聖書は、現代の読者には軽微に見える違反に対して、死刑を含む重い刑罰を定めています。
それぞれに取り組んでいきます。しかしその前に、ほとんどの人が完全に飛ばしてしまうことについて話す必要があります。カナンで実際に何が起きていたのか。
カナンで何が起きていたのか?証拠
カナン征服を読むとき、人はしばしば、罪のない農民たちが平和に暮らしていたところへイスラエルが現れ、理由もなく滅ぼした、という光景を思い浮かべます。その光景は完全に間違っており、証拠は聖書だけから来るものではありません。
カナン人は何世紀にもわたって組織的な子どもの犠牲を行っていました。聖書もはっきりそう述べています。「むすこ、娘をさえ火に焼いて、神々にささげた」(申命記 12:31)。しかし、これは聖書だけの主張ではありません。考古学、古代の歴史家、そして地中海各地の複数の遺跡から出た物的証拠によっても確立されていることです。
フェニキア人(カナン人の直系の子孫)が建てた都市カルタゴで、考古学者は乳児の焼けた骨を納めた2 万以上の骨壺を発掘しました。犠牲はおよそ 600 年間続きました。骨壺の碑文には、親から神々バアル・ハモンとタニトへの奉納が記録されており、「彼はわたしの声を聞き、わたしを祝福した」といった言葉で、子どもを焼いた後に祈りが聞かれたことを神々に感謝しています。
この証拠は聖書からでも、ユダヤの史料からでもありません。次のものから来ています。
- 1数千の骨壺。カルタゴと、地中海各地の少なくとも七つのフェニキア/カナン植民都市で発掘され、いずれも火葬された乳児の遺骨を納めていました。
- 2骨壺に刻まれた碑文。親たち自身が、犠牲の後にバアルとタニトへの誓いを果たしたことを記録しています。動物の遺骨を納めたある骨壺には「代替」と刻まれており、ほかの骨壺が自然死ではなく意図的な奉納だったことを裏づけています。
- 3ハーバード大学とヘブライ大学のパトリシア・スミス博士らの研究チームが遺骨を分析し、乳児の年齢(大半が生後 2 か月前後)が自然な乳児死亡率の予想パターンと一致しないことを見いだしました。年齢分布は病気ではなく、犠牲と一致しています。
- 4ギリシャの歴史家クレイタルコス(紀元前 3 世紀)は、この慣習を独立に記述しています。両腕を差し伸べた青銅像を真っ赤になるまで熱し、その腕に乳児を置いたというのです。クレイタルコスは異教徒のギリシャ人で、聖書やユダヤの伝統とは何のつながりもありませんでした。
- 5ディオドロス・シクルスとプルタルコスを含む複数のローマとギリシャの著述家が、みな独立に同じ慣習を記述しています。これらは聖書が描くことを裏づける異教の史料です。
- 6ティルス(フェニキア人の本国の都市)での発掘で、極めて高温で焼却された人骨の破片を納めた骨壺が見つかり、カルタゴのパターンと一致しました。
これは孤立した出来事ではありませんでした。何百年にもわたって、定期的な宗教的慣習として赤ん坊を生きたまま焼いていた文明だったのです。私たちがじっくり向き合うべき問いは、「なぜ神はカナンを裁いたのか?」だけではなく、こうです。「六世紀にわたって子どもが生きたまま焼かれるのを見ながら何もしない神とは、どんな神なのか?」
正義:善なる神がしなければならないこと
ここで、ほとんどの人は論証を逆に理解しています。彼らは「愛の神がどうして暴力を命じることができるのか?」と問います。しかし、より深い問いはこうです。「愛の神がどうして悪を無視することができるのか?」
これを注意深く考えてみてください。
あなたはその裁判官を善良だと呼ぶでしょうか?慈悲深いと呼ぶでしょうか?
いいえ。あなたは彼を不正だと呼ぶでしょう。彼は妹のことを気にかけていなかったと言うでしょう。制度は失敗したと言うでしょう。殺人犯への彼の「慈悲」は、被害者への残酷さだったと言うでしょう。
悪を決して罰しない裁判官は親切なのではありません。罪のない人の苦しみに無関心なのです。そして、何世紀にもわたって子どもが生きたまま焼かれるのを見ながら肩をすくめた神は、愛の神ではありません。その神こそ怪物でしょう。
正義のない慈悲は慈悲ではない
ほとんどの人が見落としている原則があります。慈悲と正義は対立するものではありません。互いのパートナーです。正義のない慈悲は弱さです。慈悲のない正義は圧制です。完全に善なる神は、その両方でなければなりません。
もっと難しい例で考えてみましょう。
ここで裁判官がこう言ったとします。「まあ、わたしは慈悲深い裁判官だ。だれにでも二度目のチャンスはある。」そして男を釈放します。
あなたはその裁判官の慈悲をたたえるでしょうか?それとも、ぞっとするでしょうか?
その法廷にいるだれもがわかるでしょう。これは慈悲ではない。これは正義の失敗だ。本当の慈悲は罪のない人を守ります。本当の正義は罪ある者に責任を負わせます。だれかが言葉にできないほどの悪を犯し、何の悔いも見せず、続けると宣言しているとき、もっとも厳しい刑罰は残酷さではありません。それは、次に犠牲になるはずの人々を守る唯一の方法です。
それがカナンで起きていたことです。文化全体が、子どもを生きたまま焼くことを中心に宗教を築いていました。何世紀にもわたって。そしてそれは周囲の国々に広がりつつあったのです。
いじめっ子ではなく、裁判官としての神
人間の裁判官が犯罪者に刑を言い渡す権限を持ち、最悪の犯罪には死刑さえ科すことができると受け入れるとき、私たちはひとつの原則を受け入れています。正義は、時に厳しい刑罰を必要とする。
神が実在し、神が命の作者であり、神が完全に公正であるなら、神の裁きは殺人ではありません。それは、宇宙でただひとり、正義を完全に下す資格のある存在が下した正義です。人間の裁判官は間違えることがあります。人間の裁判官は偏ることがあります。神にはそれがありません。
聖書は神ご自身の理由を示しており、子どもの犠牲はその一つにすぎません。レビ記 18 章は、偶像礼拝、性的な罪、子どもの犠牲など、カナンの諸国民の行いを挙げ、「その地もまたその住民を吐き出す」と述べています(レビ記 18:24-25)。神はまた、それらの行いが残るなら、彼らが「その神々を拝んでおこなったすべての憎むべき事を、あなたがたに教え」ることになると警告されました(申命記 20:18)。そして、それがイスラエルの善さへの報いではないことを明らかにされました。「この国々の民が悪いから、主はこれをあなたの前から追い払われるのである」(申命記 9:4-5)。同じ基準はイスラエルにも当てはまりました。イスラエルが同じことをするなら、地は「あなたがたの先にいた民を吐き出したように、あなたがたをも吐き出す」のです(レビ記 18:28)。
そして聖書は、神が行動する前に並外れて忍耐強かったことを示しています。創世記 15:16 で、神はアブラハムに、「アモリ人の罪がまだ満ちていない」ので、カナンへの裁きはまだ来ないと告げています。神はカナン人を裁くまでに 400 年待ちました。悔い改めの時間を与え、カナンの人々は神がイスラエルのためにしたことを聞いていました(ヨシュア記 2:9-11)。扉は開いていたのです。
実際、ついに裁きが来たとき、ラハブというカナン人の女性は神に立ち返り、家族全員とともに救われました(ヨシュア記 2 章、6:22-25)。彼女は救われただけでなく、イエスご自身の系図の一部となったのです(マタイ 1:5)。扉は、くぐろうとするだれに対しても開いていました。
外科医があなたの体を切るのと、見知らぬ人があなたの体を切るのは、遠くから見れば同じに見えます。しかし一方には権限と目的があり、他方は暴行です。命を与える主権者であり完全に公正な神は、裁きにおいてそれを終わらせる権限も持っています。正当な法廷が、最大の犯罪に対して最大の刑罰を科す権限を持っているのと同じです。権限が重要です。目的が重要です。文脈が重要です。
征服の言葉づかい:思っているより難しい
多くの人が完全に見落としている、もう一つの層があります。ポール・コパンやマシュー・フラナガンのような旧約学者は、征服の記述について重要なことを指摘しています。「完全な滅ぼし」という言葉づかいは、古代近東でよく使われた文学上の慣習だったのです。
古代の戦争記録は、極端で誇張された言葉で勝利を描くのが常でした。エジプトのファラオは、明らかに生き残った敵を「完全に滅ぼした」と書きました。アッシリアの王は、その後何世紀も存続した国々を「一掃した」と主張しました。それが古代世界で戦勝を記録するやり方だったのです。
ヨシュア記は、イスラエルがカナン人を「ことごとく滅ぼした」と言います(ヨシュア記 10-11 章)。しかしヨシュア記自体も、「取るべき地は、なお多く残っている」と記しています(ヨシュア記 13:1)。そして次の書、士師記は、カナン人がなお土地全体に住んでいると描いています。聖書はその理由を自ら語っています。イスラエルは「彼らをことごとくは追い出さなかった」のであり(士師記 1:28)、神は彼らに「あなたがたはわたしの命令に従わなかった……わたしはあなたがたの前から彼らを追い払わないであろう」と言われました(士師記 2:2-3)。一部の学者は、ヨシュア記の要約的な記述を、ほかの古代の戦争記録にも見られる大げさな勝利の言葉づかいとして読み、それを「聖人伝的誇張法」と呼びます。しかし、残ったカナン人について聖書自身が示している説明は、イスラエルの不従順なのです。
だからといって征服が容易で心地よいものになるわけではありません。しかしそれは、これらの箇所が、額面どおりに読んだ現代の読者が想定するようなことを描いているのではないかもしれない、ということを意味します。
奴隷制はどうなのか?
聖書と奴隷制の関係は、キリスト教全体でもっとも誤解されている話題の一つです。ほとんどの人が間違えているのはここです。「奴隷制」と読むと、アメリカ南部を思い浮かべるのです。何百万人ものアフリカ人が誘拐され、人種に基づいて財産として売買され、何世代にもわたって人間以下として扱われた場所です。それは動産奴隷制であり、怪物のような制度でした。
旧約聖書の「奴隷制」(ヘブライ語の エベド)は、それとは大きく異なる範囲の状況を指していました。その証拠は聖書だけでなく、より広い古代近東からも来ています。
タフツ大学の研究者は、「古代近東における奴隷化や強制労働の形態は、必ずしも動産奴隷制ではなかった。むしろ、借金を返済するために一時的に奴隷となった人々もいた」と指摘しています。シカゴ大学古代文化研究所の学者は、古代メソポタミアでは「奴隷市場はなく、何百人もの労働者を抱える家もなかった。奴隷が行う仕事の性質は、ほかの人々のものと識別できるほど異なってはいなかった」ことを見いだしました。飢えるよりはましな合理的な経済的選択として、自発的に隷属に入る人さえいました。
だからといって、旧約聖書の隷属が快適だったわけではありません。それはやはり自由の喪失であり、私たちを不快にさせるべきものです。しかし、聖書自体が定めている重要な違いがあります。
- 1ヘブライ人の債務奴隷は 7 年ごとに解放された(申命記 15:12)。これは義務であり、任意ではありませんでした。
- 2人を誘拐して奴隷にすることは死刑に値した(出エジプト記 21:16)。大西洋奴隷貿易の土台そのものが、旧約聖書の律法のもとでは死刑相当の犯罪だったのです。
- 3逃亡した奴隷を主人のもとへ送り返してはならなかった(申命記 23:15-16)。これはアメリカ史における逃亡奴隷法の正反対です。
- 4奴隷には法的な保護があった。主人が奴隷の歯を折ったり目を傷つけたりすれば、その奴隷は自由の身になりました(出エジプト記 21:26-27)。ほかのどの古代法典も、これに近いものさえ認めていません。
奴隷制を廃止した古代社会はありませんでした。ギリシャも。ローマも。エジプトも。メソポタミアも。問いは「なぜ聖書は、古代に普遍的だった慣習をただちに廃止しなかったのか?」ではありません。問いはこうです。「聖書は人間の尊厳に向けて針を動かしたのか?」そして答えはイエスです。それも劇的に。
聖書の道徳的な軌道
新約聖書はさらに先へ進みました。パウロのピレモンへの手紙は、ある奴隷所有者に、逃亡した奴隷を「もはや奴隷としてではなく、奴隷以上の者、愛する兄弟として」迎えるよう求めています(ピレモン 1:16)。ガラテヤ 3:28 は「奴隷も自由人もない……あなたがたは皆、キリスト・イエスにあって一つだから」と宣言しています。
これらのテキストが、やがて奴隷制を滅ぼす種をまきました。イギリスの奴隷制廃止運動を率いたウィリアム・ウィルバーフォースは敬虔なクリスチャンで、信仰のゆえに生涯をかけて奴隷制と戦いました。アメリカの奴隷制廃止運動は、聖書を読むクリスチャンたちによって推し進められました。フレデリック・ダグラス、ハリエット・タブマン、ハリエット・ビーチャー・ストウ、そしてクエーカー教徒は、みな明確にキリスト教的な確信に動かされていました。
聖書は、完成した道徳規範を空から落としたのではありません。残酷な古代文化の中に生きる人々に、神が少しずつご自身のご計画をより多く現していく物語を語っているのです。神ご自身は決して変わりません(マラキ書 3:6)。しかし、神がイスラエルに与えた律法の中には、心のかたくなな民にその状態のまま合わせたものもありました。イエスは離縁についてこう説明されました。「モーセはあなたがたの心が、かたくななので、妻を出すことを許したのだが、初めからそうではなかった」(マタイ 19:8)。ですから、奴隷制は規制され、次に掘り崩され、そして廃止の種がまかれます。そして神の慈悲は初めからそこにありました。律法はすでに「あなた自身のようにあなたの隣人を愛さなければならない」と命じ(レビ記 19:18)、敵に対してさえ親切にするよう命じていました(出エジプト記 23:4-5)。また神はヨナに、イスラエルの敵であるニネベの人々を惜しんでいると語られました(ヨナ書 4:11)。そしてイエスはその愛を完全に示し、「敵を愛し、迫害する者のために祈れ」と教えられたのです(マタイ 5:44)。
問いは「旧約聖書には難しい箇所があるのか?」ではありません。明らかにあります。問いはこうです。「この物語はどこへ向かっているのか?」そして答えは、十字架へ、です。そこで神の正義と慈悲が出会い、神ご自身が罪の罰を引き受けられるのです。
正義と慈悲がついに出会う場所
聖書全体は、神の正義と神の慈悲がぶつかり合うただ一つの瞬間に向かって築かれています。十字架です。
神は、手を振るだけで罪を赦したりはしません。それでは犯罪が罰されないままになり、神は不正になってしまいます。神は罪人をただ滅ぼしたりもしません。それでは慈悲の余地がなくなります。その代わりに、神はご自身で罰を引き受けます。十字架のイエスは、正義と慈悲の緊張に対する神の答えです。罰は支払われました。正義は満たされました。そして慈悲は、それを受け入れるだれにでも差し出されています。
つまり、十字架は、神の正義が本物で真剣なものである場合にだけ意味をなします。もし神がだれをも、何に対しても決して罰しないのなら、十字架は必要なかったでしょう。旧約聖書の裁きの厳しさは、実は十字架の意味を減らすのではなく、いっそう深くします。それは罪が何に値するか、そして私たちがそれを負わなくてすむように神が何を引き受ける覚悟だったかを示しているのです。
反論は両刃の剣
ほとんどの人が見落としていることがあります。ドーキンスが神を「血に飢えた民族浄化者」と言うとき、彼は道徳的な判断をしています。神がしたことは間違っていたと言っているのです。
しかし、第 2 課で学んだことを思い出してください。神がおらず、客観的な道徳もないなら、本当に間違っていることなど何もありません。あるのは好みだけです。ドーキンスは、自分の反論を成り立たせるために、有神論的な道徳の枠組みを借りてこなければなりません。私たちが旧約聖書の暴力に道徳的な憤りを感じるという事実そのものが、客観的な道徳的基準が存在する証拠であり、それは(道徳的論証が示すように)神を指し示しているのです。
言い換えれば、神を不道徳だと呼ぶためには、神が存在しなければなりません。この反論は自滅しているのです。
覚えておきたい言葉
よくある反論
「子どもを殺すことを正当化できるものは何もない。神がそれを命じたのなら、神は善ではない。」
これは反論の中でもっとも感情に訴える形であり、敬意を払うに値します。クリスチャンはこれを決して軽く扱ってはなりません。考える価値のあることが二つあります。第一に、聖書自体が、イスラエルが神に従わなかったために多くのカナン人がその地に残ったと記しています(士師記 2:2-3)。また一部の学者は、征服の要約的な記述を古代の戦争のレトリックとして読んでいます(上の聖人伝的誇張法のセクションを参照)。第二に、額面どおりに受け取ったとしても、その裁きは何世紀にもわたって子どもの犠牲を行ってきた文化に向けられたものでした。問いはどちらにしても難しいものですが、「神は組織的に赤ん坊を生きたまま焼いていた文明を裁いた」というのは、「神は罪のない人々を無差別に滅ぼした」というのとはまったく異なる主張です。正直なクリスチャンはこれらのテキストと格闘します。正直に格闘することは、言い訳をすることの正反対です。
「聖書は奴隷制を支持している。それだけで失格だ。」
聖書は、古代世界で普遍的だった制度を規制し、ほかのどの古代文化も提供しなかった保護を導入しました。債務奴隷の義務的な解放、誘拐に対する死刑、逃亡奴隷の保護、そして奴隷とされた人々の法的権利です。さらに重要なことに、新約聖書は、奴隷制廃止運動を直接に燃え立たせた神学的な種(「奴隷も自由人もなく、みなキリストにあって一つ」)をまきました。西洋で実際に奴隷制を終わらせた人々、ウィルバーフォース、クエーカー教徒、ダグラス、タブマンは、聖書に動かされていました。もし聖書が奴隷制を「支持」しているのなら、それを滅ぼすためにもっとも激しく戦ったのが聖書自身の読者だったというのは、奇妙なことです。
「そんなことをした神を、わたしは決して礼拝できない。」
それは正直な気持ちであり、敬意に値します。しかし自問してみてください。あなたは全体像を評価していますか、それとも、あなたを不安にさせる箇所だけを評価していますか?同じ聖書には、山上の説教、放蕩息子のたとえ、そして「神はその独り子を与えるほどに世を愛された」という言葉があります。カナンを裁いた同じ神が、ラハブを救い、慈悲を呼びかける預言者を送り、そして最後にはご自身が十字架に向かったのです。もっとも難しい箇所だけを読んでほかのすべてを無視するなら、あなたは聖書を読んでいるのではありません。ドーキンス版の聖書を読んでいるのです。
- 裁判官が子どもを殺した犯人を釈放したら、あなたはそれを慈悲と呼びますか、不正と呼びますか?それは、何世紀にもわたる子どもの犠牲に直面した善なる神がしなければならないことについて、何を教えてくれますか?
- カナン人の子どもの犠牲の証拠が聖書の外(ギリシャの歴史家、ローマの著述家、カルタゴの考古学者)から来ていることは、なぜ重要なのでしょうか?
- もし聖書が紀元前 1400 年に奴隷制をただちに廃止していたら、あらゆる文明がそれを行っていた世界で、それは可能だったでしょうか?行き場のない解放奴隷には何が起きていたでしょうか?
- 聖書の道徳的な軌道は、ヨシュア記の征服から、イエスの「敵を愛せよ」へと動いています。その軌道は、物語がどこへ向かっているかについて何を教えてくれますか?
カナン人が子どもの犠牲を行っていたことのもっとも強力な証拠は何ですか?
このレッスンが、善なる神は時に悪を厳しく罰しなければならないと論じるのはなぜですか?
旧約聖書には本当に難しい箇所があります。正直なクリスチャンは、そうでないふりをしません。しかし、文脈がすべてを変えます。カナン征服は、偶像礼拝と性的な罪に染まり、何世紀にもわたって子どもを生きたまま焼いていた文化に対する神の裁きでした(レビ記 18:24-25、申命記 12:31)。子どもを焼くその習慣は、異教の歴史家と現代の考古学によっても裏づけられています。旧約聖書の奴隷制はアメリカの動産奴隷制ではなく、聖書の軌道は着実に廃止へと向かっていました。そして物語全体は十字架を指し示しています。そこで神の正義と慈悲がついに出会います。罰は支払われ、恵みが差し出されるのです。悪を決して罰しない神は善ではありません。無関心な神です。聖書が描くのは、無関心でも残酷でもなく、公正で、忍耐強く、そして最後には正義の代価をご自身で負う覚悟のある神なのです。