これは、神さまについてだれもが問いかける中で、いちばん難しい問いです。そして、この問いには本物の答えがふさわしいのです。「考えなければいいよ」という答えではなく。いっしょに、ていねいに、そして正直に考えてみましょう。
もし神さまがよい方で、力のある方なら、どうして悪いことが起きるのを止めてくれないのでしょう?どうして人は病気になるのでしょう?どうして地震があるのでしょう?どうして、ざんこくなことをしようと選ぶ人がいるのでしょう?
これは本当に大切な問いで、問いかけてもいいのです。聖書に出てくる人たちだって、この問いを口にしました。一歩ずつ、考えていきましょう。
世界にある悪いことの多くを考えてみてください。いじめ、うそ、ぬすみ、けんか、戦争。これらはどこから来るのでしょう?人が、悪いことをしようと選ぶところからです。
ここが大事なところです。神さまは人に、選ぶ力をあたえました。プログラムされたとおりにしか動けないロボットのようには、私たちを作りませんでした。神さまは私たちに自由意志をあたえて作りました。正しいことと悪いことのどちらかを選ぶ力です。
どうしてでしょう?それは、愛は選ぶものでなければならないからです。もしだれかが「大好き」と言うようにむりやりさせられているなら、それは本当の愛ではありません。本当の愛は、本当のやさしさは、本当の勇気は、本当のよい心は、「しない」ことを選べたときにだけ、意味があるのです。
でも、ここに問題があります。人がよいことを選べるなら、悪いことも選べてしまいます。片方だけを持つことはできません。人が本当に愛することのできる世界は、人が本当に傷つけることもできる世界です。それは神さまのせいではありません。自由の代償なのです。
地震はどうでしょう?病気は?これらは悪い選択が引き起こしたものではありません。説明するのがもっと難しいことです。ここに、いくつか正直な考えを書いておきます。
多くの人が見のがしていることがあります。君が「悪いことは起きるべきではない」と言うとき、君はもう、大切なことを前提にしているのです。本当に悪いこと、本当にまちがっていることがある、と前提にしています。でも第 3 課で学んだように、本物の正しさとまちがいは神さまを指し示しています。つまり、「どうして神さまは悪をゆるすの?」と問いかけさせるその気持ちそのものが、神さまがいる証拠なのです。この問いは、実は答えを指し示しているのです。
どうして神さまは、人が悪い選択をするのをゆるすの?
君は六つの大きな考えを学びました。宇宙には作り手が必要なこと。正しいこととまちがいは神さまを指し示していること。聖書は信じられないほどの証拠に支えられていること。イエスは敵たちも認めた本当にいた人であること。復活には疑い深い人たちも受け入れる証拠があること。そして苦しみは神さまがいないことの証明にはならず、むしろ神さまを指し示していること。君はもう、なぜ信じるのかを、だれにでも説明できます。何を信じているかだけではなく。
基礎コースでは、君がいま探検したすべてのテーマを、もっと深く学びます。もっと多くの証拠、もっと多くの論証、もっとくわしい説明があります。君なら大丈夫です。
6-8 年生コースを始める →それぞれのレッスンが、論理、歴史、証拠を使って、信じる理由を一つずつ教えます。気持ちだけではなく。
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これは懐疑論者が投げかける中でいちばん難しい問いだ。本物の答えがふさわしい。「神を信頼しなさい」だけではなく。ていねいに考えていこう。