人によって、神さまについて信じていることがちがうことに、君はもう気づいているでしょう。クリスチャン、イスラム教徒、ヒンドゥー教徒、仏教徒、ユダヤ教徒、そのほかにもたくさんの人たちが、それぞれ自分の考えを持っています。「ぜんぶが正しいはずはない」と言う人もいます。「どれも基本的には同じだ」と言う人もいます。さて、どちらでしょう?考えてみましょう。
「どの宗教も教えていることは同じ。よい人になりなさい、ということだ」と言う人がいます。すてきに聞こえます。でも、本当でしょうか?
いろいろな宗教が実際に何を言っているか、見てみましょう。
これは小さなちがいではありません。キリスト教は、イエスは死者の中からよみがえったと言います。イスラム教は、イエスは十字架につけられてさえいないと言います。両方とも正しいということはありえません。歴史の中で実際に何が起きたかについて、正反対の主張をしているのです。
たくさんの宗教があるからといって、どれも本当ではないということにはなりません。それが意味するのは、どれが現実と合っているのかを知るために、証拠を見る必要があるということです。
キリスト教がほかのすべての宗教とちがう点は、ここにあります。
宗教はぜんぶ同じではありません。そして証拠を見てみると、キリスト教は別格なのです。
おもしろいことがあります。世界のほとんどすべての宗教が、目に見える物質の世界だけではなく、それ以上の何かがあるという点で一致しているのです。どこの土地でも、どの文化でも、歴史のどの時代でも、人々は神さまや、目に見えない霊的な現実があることを感じ取ってきました。それは、本当に何かそれ以上のものがあって、神さまが私たちをそれを感じ取れるように作ったからではないでしょうか?
「ほかの宗教はまちがっている、と言うのはいじわるじゃないの?」
何かが本当だと信じることは、いじわるではありません。友だちが 2 + 2 = 5 だと言ったとしましょう。正しい答えを教えてあげるのは、いじわるではなく、正直なことです。ちがうことを信じている人を尊重しながら、それでも証拠はキリスト教を指し示していると信じることができます。人にやさしくすることと真実を求めることは、反対のことではありません。両方できるのです。
どうしてすべての宗教が同時に本当だということはありえないの?