敵さえもイエスについて書いた
だれかの友だちがその人のことをほめるのは、ふつうのことです。でも、その人の敵がその人について語るとしたら?それは力強い証拠です。
イエスやイエスに従う人たちを好きではなかったのに、それでもイエスについて書いた人たちがいます。
1
タキトゥス。ローマの歴史家です。クリスチャンはおろかだと思っていました。でも、「クリストゥス」がティベリウス帝の時代にポンテオ・ピラトによって処刑された、と書きました。イエスの人生の基本的な事実を確認したのです。
2
ヨセフス。ローマのために働いたユダヤ人の歴史家です。イエスと、イエスの兄弟ヤコブについて書きました。ヨセフスはクリスチャンではなかったので、作り話をする理由がありませんでした。
3
ユダヤの指導者たち。ユダヤの教師たちは、自分たちの書物の中でイエスについて書き、イエスに反対する議論をしました。でも、「イエスは存在しなかった」とは一度も言いませんでした。イエスはまちがっていた、と言ったのです。つまり、イエスが実在したことを知っていたということです。
敵のルール。学校に、仲の悪い二人の子どもがいると想像してください。その一人が「うん、あの子が本当にかけっこで勝ったよ」と言ったら、その子のことが好きではないのに言ったのだから、それは本当にちがいないとわかります。その子をほめる理由がないからです。イエスの敵が、イエスは存在した、処刑された、従う人たちがいた、と認めているなら、それはとくに強い証拠です。クリスチャンの話に力を貸す理由が、まったくなかったからです。
🌟 今日のふしぎ
バート・アーマンは、イエスが神だとは信じていない有名な学者です。批判する立場から、一生をかけて新約聖書を研究してきました。それでも、こう言っています。「イエスは存在した。それを否定する人は、解決する以上の問題を作り出しているだけだ。」キリスト教に賛成しない人たちまでイエスは実在したと言うのなら、かなり自信を持っていいでしょう。
📝 かくにんクイズ
イエスの敵さえもイエスについて書いたことが大切なのは、なぜですか?
💬 家族で話してみよう
- 君を好きではない人が、それでも君のよいところを言ったら、友だちが言うより信じやすいでしょうか、信じにくいでしょうか?それはなぜ?
- 歴史家たちがそう思っていないのに、イエスは実在しなかったと言う人がいるのは、なぜだと思いますか?
- ローマやユダヤの書き手がイエスの存在を確認していたと知ると、聖書の物語についての考え方は変わりますか?